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そねうら合同誌

それは、たまたま兄弟二人が部隊に組み込まれた日の事だった。

池田屋の出陣の度、過去の事で頭を抱える者たちは決まっており、審神者は部隊編成の際、それを迷いながら決めていた。同じ者たちにばかり出陣させる訳にもいかないので、平等に編成されていたのだ。

過去の事で歴史改変に揺らぐ者がいれば、気持ちを正してくれそうな気の強い刀を必ず部隊に組み込み、力強さと精神面の強さをバランスよく調整していた。その甲斐あってか、敵側に落ちる者は今の所、誰一人としていなかった。皆には安全の為、お守りを持たせていたのもあり、万が一の事態も防げていたのかもしれない。

いつ敵が飛び出してくるかわからない戦場で長曽祢は呆然と立ち尽くしていた。

池田屋戦にて彼と共に戦った事が無い者たちからすると、珍しい光景であり心配をしてしまう。しかし、何度も同じ部隊で共に戦ったことのある短刀たちからすれば見慣れた光景なので、声を掛けることはしなかった。

いつものこと。

そう思い、短刀たちは放置していたのだ。だが、状況を知らぬ者は心配して声を掛ける。いつもと違う様子の仲間を心配するのは当然だ。だから事情を知っている短刀たちも心配して声を掛けようとする仲間たちを止めようとはしなかった。その大きな理由として、声を掛ける者がいなくなってしまうと心が壊れてしまう事を薄々感じていたからである。

刀剣男子たちは戦っているうちに戦っている敵の存在に疑問を持ち始め、その答えを探るようになった。

敵は歴史改変を望み、戦っている。自分たちは改変を止めるべく戦っている。過ぎた過去を変えるのは間違っていることくらい誰にだってわかっていた。もしもの世界を夢見ても、歴史を変える事で先の未来が全て変わってしまうとわかっているから止めるのだ。

欲望に耐えきれずに改変しようとするのは歴史に関係のある刀たちだろう。敵も我々と同じで刀が人の身となった存在なのだ。そして、同じ刀が何本も存在する世界。

つまり、目の前で戦う敵の刀たちは己自身がその欲望に負けてしまった成れの果てであり、目の前で戦う敵だったのではないかと考えていた。

心配になった者には声を掛ける。それに慣れてしまった場合、声を掛ける存在がいなければ、隣に行ってやる。心を壊さぬように。皆はこのようにバランス良く仲間の状態を管理していたのだった。

「長曽祢兄ちゃん、大丈夫?」

「…あ、あぁ。浦島か。大丈夫だ」

「本当に?元気なさそうだけど……」

浦島は長曽祢の前に立って表情を覗き込み、首を傾げて問い掛けた。責任感が強く、部隊を仕切るのが上手な長曽祢は仲間に心配を掛ける訳にはいかないと、直ぐに偽りの笑みを浮かべるが、兄弟である浦島は暫く長曽祢の様子を窺っていた。

短刀と脇差は他の刀たちと違い夜戦を得意とする。部隊長は短刀であることが多く、今回も粟田口の短刀である薬研が戦の指揮をとっていた。

仲間の状況を確認しながら親玉のいる場所を探して歩みを進める。狭い路地裏や何もない一本道、建物の中で戦を強いられる夜戦では昼間の戦と違い、集中力が普段の倍必要とされていた。

「浦島、大丈夫か?」

「え?…うん、俺は大丈夫だけど、兄ちゃんが……」

「怪我でもしてるのか?」

「そういう訳じゃないんだけど……」

 集中力が欠けてると思われた脇差の浦島に薬研が声を掛けてみると、口ごもりながら他人を心配するので思わず溜息が漏れる。

 その日の部隊長によって作戦は様々であり、考え方も様々。人によっては乗り気になれない作戦になる事はあっても、部隊長の指示は絶対である。

今回であれば、たった少しの油断が命取りになるので他人の心配よりも自分の心配だけをするよう隊員に伝えていたものの、仲間の心配をしてしまうのは人の感情を得てしまったがための宿命といったところか。仕方のないことである。

命令に背いてしまったと思った浦島は口ごもるが、それでも兄を心配しない訳にはいかなかったので、ちらちらと後ろを着いて歩く兄の様子を確認していた。

兄弟を多く持つ薬研は、浦島の気持ちを理解していたので集中力を欠いて様子を窺う事を強く止める事はしなかったのだが、何かあってからでは遅い。どちらに声を掛ける必要があると考えた。

長曽祢が夜戦の度に元気がないのはいつもの事。それを知らない浦島が必要以上に心配してしまうのは無理もないが、言っても聞かないだろうと思った薬研は彼の兄である長曽祢の隣へと移動した。

「長曽祢のだ~んな。深く悩むのは良いが、悩み過ぎて大事な弟に大怪我負わせるのはよろしくないからな?」

「浦島に何かあったのか!?」

 瞳を大きく見開いて、長曽祢は思わず大声で薬研の肩を掴む。最愛の弟を心配したようだ。驚いた薬研も瞳を見開いてぱちぱちと瞬きを繰り返し、小さく吹き出して笑い声を漏らした。

――心配性な兄弟なんだな。

薬研は心の中で呟いた。

「違う違う、例え話だ。浦島が旦那の事を心配していたから、大怪我をさせるような心配は掛けさせるなよって意味な」

これ以上、思い悩まれたら困る。心の中でそう思いながら長曽祢に伝える。弟の無事がわかったからか、安堵の表情を浮かべていたので薬研も自然と安堵の溜息を零した。

これで、少しばかり状況が良くなればよいのだが。

部隊長として仲間の心配を、そして二人の兄弟刀を心配しつつ、薬研は自分自身こそが己の命令に従えていないことに呆れながら敵が待ち受ける場所へと向かった。

「長曽祢兄ちゃん、本当に大丈夫?」

「大丈夫だ。心配はいらない」

「本当に?」

戦いの最中、弟が不安気な表情を浮かべて兄に問い掛けた。虎徹の長男である長曽祢は心配を掛けまいと頷くと、虎徹の末っ子である浦島は疑いの眼差しを兄へと向けた。

兄弟であるからわかる事、感じる事がある。元気過ぎるあまり鈍感だと仲間たちに言われる浦島だが、毎日一緒に過ごしている兄の変化に気付けない程、鈍感で無ければ、馬鹿でもない。

責任感溢れるいつでも余裕を持った兄の顔、表情からはいつもの余裕の色は消えており、険しい表情となっていた。誰だって気付くだろう。

何度問い掛けても返ってくる言葉は同じ。これ以上、心配の言葉を掛けるのはくどいと感じて止めにした。それでも不安は募るばかり。兄の様子を窺いつつ戦う事となった。

いつものように戦いを続けている一人だけ、集中出来ずにいた。襲い掛かる敵の動きに気付き、攻撃を避けたり、近くにいる敵に向かい刀を振り下ろす。全ては歴史を改変させぬように。

けれど、その近くに見えるのは己の元主。これからどうなるかわかっていながら、見て見ぬふりをして戦わなくてはならない。

『本当にそれでいいのか?』

過去は変えられないのだから、戦わなくてはならない。

『過去を変える事が出来るのに、放っておくのか?』

過去を変える?そんな事をしてはならない。未来が変わる。

『元主が助かる未来が待っているのにか?』

 元主が助かる未来…。

 悪魔が耳元で囁き掛ける。気付けば刀を持つ手の動きが止まっていた

目の前には敵の打刀がいたが、敵の動きも止まっていた。

 まるで長曽祢を待っているのかのように。

 長曽祢は顔を上げて、目の前の敵と視線を合わせる。その口許は弧を描いて笑っており、左手がおいでおいでと手招いていた。その様子をじっと眺めていれば、誘われるように勝手に足が動いて距離を詰めていく。

「長曽祢兄ちゃん!」

 突如、上から聞き慣れた声が聞こえて我に返る。目の前には打刀と相対する真作の脇差が一振、ギリギリと鉄が擦れる音を響かせて敵に刀をぶつけていた。

 力の強さは打刀の方が上なのか脇差は圧されており、足が一歩後ろへと下がる。身軽さや速さから言えば、脇差の方が上。小さな体を利用して、刀の握る手を緩めると敵の脇に移動するなり、脇腹目掛けて斬り掛かる。

だが、敵も負けてはいられなかった。相手が腕の力を緩めた事で前へ倒れそうになるのを踏ん張り堪えて、転倒は防げたが隣に感じた気配に咄嗟に後ろへと身を引くことで攻撃を避ける。衣服が斬れるだけで終わり、傷が付くことは無かった。

「どぅりゃあ!」

 刀を構え直した浦島は再び地を蹴って敵に刃を向けた。打刀を横へ薙いで攻撃を仕掛ける。又も響き合う鉄のぶつかる音、擦れ合う刀。上手く攻撃を繰り出せない二人は腕と刀に力を入れる事で共に力の反動を借りて後退し、一定の距離を取って体勢を整えた。

 狭い路地裏で何度も互角な戦いを繰り返し、決着が付かずにいた。一対一だとこんなにも難しい戦になるのか。二人は心の中で思いながらも戦いを続ける。

 そんな味方と敵の戦を呆然と見つめていた長曽祢。味方に参戦すれば、確実に敵を倒すことが出来るというのに、敵が囁いた言葉が頭の中で繰り返し再生されていて動けずにいた。

「うっ、うぅ……」

 視界の中で小さな脇差が脇腹を押さえているのが見えた。苦痛の表情を浮かべながら、刀を盾代わりに攻撃を防いでいるようにも見える。

――このままでは殺られる……!

危機を感じた浦島は一度敵と距離を取る為に再び後退する。敵に集中しようと深く息を吐き、斬られた脇腹の痛みを逃がした。敵の急所に向けて全神経を集中させて狙いを定め、突きの構えで腰を引き、タイミングを見計らう。

――今だ!!

 一瞬のスキを逃さぬよう地を蹴って敵へと駆ける。下から上へと心臓目掛けて鋭い一撃を与えようと足と腕に力を籠める。と、その時だった。

「長曽祢兄ちゃん!?」

 一瞬のタイミングは一人の兄によって阻まれてしまった。

 目の前に佇む兄は敵を庇うように二人の間へと入ってきた。

「どうして?」

弟の言葉は耳に届いていないのか、兄は何も答えない。浦島も動きを止め、兄に問い掛ける。

「そっちは敵なんだよ!?」

 問い掛けに反応する事なく、心ここに在らずといった状態でどこか虚ろな瞳をしていた。

「長曽祢兄ちゃん!長曽祢兄ちゃん!」

 何度も兄の名を呼んでも弟の悲痛な叫びは届いていないのか、反応が全く無く、だんだん焦りを覚え始めて浦島の顔に冷汗が流れる。

斬られた脇腹から生暖かい血が滴っているようだが、傷口を押さえる手は離れる。痛みは感じるものの、それ以上に兄の事で頭がいっぱいになっていた。

――どうにかしなきゃ…、声を掛けなきゃ!

 長曽祢の真後ろに敵がいる事を忘れ、目の前にいる兄をどうにか正気に戻さなくてはいけないと思い始めた浦島は片手に刀を持ったまま両手でそれを握って必死に訴えた。

「俺達、ずっと一緒だろ!?検非違使に捕まってた頃から、ずっと、ずぅっと一緒にいたんだ!兄ちゃんが何に悩んでるかわかんないけど、俺を頼ってよ!俺はここにいる。今までも、これからも、ずっと、ずぅっと長曽祢兄ちゃんの傍にいる!だから、俺を置いてどこかに行こうとしないで。帰ってきてよ、長曽祢兄ちゃん!!」

「うら、しま……」

 今にも泣き出しそうな弟の姿が視界に入る。瞳を濡しながら必死に訴える最愛の弟の言葉が胸に突き刺さった。

 いつも笑顔が絶えない浦島の表情から自慢の笑顔が消えている。戦場でも常にみんなのムードメーカー的な役目を務めている彼が今にも泣き出してしまいそうな顔をしているのだ。こんなに辛い思いをさせてしまったのは誰だろう。

「おれだ…、おれのせい……」

「大丈夫。俺が傍にいるから、だから、どこにも行かないで」

先程まで考えていた愚かな思考を振り払うように首を左右に振り、再び目の前の弟の顔を見る。正気に戻った兄の姿に安堵した浦島の表情は穏やかなものであり、愚行を許された気分になった。

「すまない、浦島。ありがとう」

「ううん、気にしないでよ、長曽祢兄ちゃん」

 素直に礼を言う。心の広い彼は直ぐに許してくれた。事情を理解していなくても、傍にいてくれるという一言だけで救われるのだ。辛い事を全て浄化してくれる彼の傍から離れられないかもしれないと思った。

現実に引き戻された長曽祢は背後に敵がいるのも忘れ、目の前の弟を抱き締めようと両手を伸ばした。ここは戦場。本来なら敵が脚を忍ばせている事くらいわかるはずなのだが、今はお互いがお互いの事しか目に入っていない。背後の敵の存在に気付いていなかったのだ。

長曽祢に手招きをしていた打刀の敵はこれ以上話を聞いていても、長曽祢がこちら側に落ちないと分かれば刀を構えて振り上げた。目の前の長曽祢目掛けて振り下ろす。

夜空に浮かぶ月の光に照らされた刀は切っ先に反射してきらりと光る。その光が視界を掠め、長曽祢の手前に居た浦島は敵がいる事にやっと気付いた。

「長曽祢兄ちゃん危ない!!」

己の身軽さを利用して兄の手を手で弾き、背後に回って敵に刀を振り上げた。しかし一歩遅い動きだったので敵の力に負け、手から脇差を落としてしまった。

「あっ……」

半身とも呼べる刀を手から離してしまった所為だろうか。それとも、己より背の高い敵を目の前にして太刀打ちできない状況になってしまった所為だろうか。逃げるという判断力を欠いて立ち竦んでしまった。

「浦島―っ!」

どこからか、兄の叫ぶ声が聞こえた。急に視界が暗転して体を地面に打ち付けてしまった。どくどくと生暖かいモノが手に触れて、つん、と鉄の臭いが鼻についた。顕現される前では嗅いだことのなかった臭い。今では戦場に行く度、嗅ぐことになる嫌な臭い。

暗かった視界から色を取り戻して、何度か瞬きを繰り返して状況を確認しようとする。建物が横になっており、地面が間近に見える事から漸く己が倒れていたことを知る。

「え…?なに、これ……」

痛みが全身を襲い体が動かず、どうにか腕を動かして手を地面に付けると自身の手は紅く染まっていた。意識が朦朧となり始め、重くなる瞼を持ち上げる事が出来なくなり、閉じてしまったら再び視界が闇に覆われた。

「にぃ、ちゃん……」

大丈夫だろうか。助かっただろうか。不安は残るものの、そこで意識を手放してしまった。

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