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血脈桜の咲く頃に

 薄桃色の花弁が舞う季節。春一番が落ち着いて、花見をするには丁度良い五月初旬。いつもいる本丸では既に花弁が散って葉桜となり、見頃はとうに過ぎているが東北と北は違った。

他の地域と違い遅い花見となるが、その地域でしか見る事が出来ない東北ならではの桜がそこにはあった。

審神者に仕える刀剣男子は日本の付喪神。ならば日本の良さもわかるだろう。桜が日本人に取って、どれだけ大切なものなのか。どれだけ綺麗なものなのか。どれだけ美しいものなのか。

薄桃色の花弁が散りゆく光景は美しい。儚げに散っているように見えるが、見方によっては一面を桃色に染める桜は楽し気に笑い合っているようにも見えるのだ。桜の見どころは表情を変えるところにある。

日本を代表する春の花。それを守るのもまた、刀剣男子たちの努め。

「俺たちの務めって、桜を守る事じゃなく、歴史を守る事だろ?」

 蒼い衣を身に纏った少年の容姿をした彼は首を傾げて問うた。ごもっともである。刀剣男子の務めは歴史が変わらないように歴史修正主義者と戦う事。桜を守る事ではない。しかし、今回ばかりは違った。

「主の命だ。しっかり勤めを果たして帰ろうじゃないか」

 金の衣装を身に纏った桜に負けない美しさを持つ青年とも言える彼は少年に言い聞かせた。それでも納得のいかない様子で唇を尖らせて少年は不満な表情を浮かべる。

 不満を持つのも仕方がない。本来の勤めとは違う事を任されたのだ。遠征とも内番とも違う。桜を守る為に戦うことを任されたのだから文句の一つも飛び交って当然。彼らの主はそれを承知で蝦夷の函館から離れた同じ道南の渡島管内である松前藩に彼らを派遣した。

 遠征と思えば楽しいものだが、戦う事が元から好きではない彼は今回の任務は不本意である。けれど、彼の兄たちに諭されては仕方がない。渋々ついていく。

 高い高い丘の上。そこに見えるは小さなお城。桜が丘の上を桃色に染めて、散った花弁が下へと落ちていく。その所為か歩く道も薄桃色に染まっていた。

今回の派遣先はそんな桜に囲まれたお城の近場にある光善寺。どうやらそこに敵が密集しているようで、討伐してほしいとのことだった。歴史を修正されるような事態にはならないように思えるが、主からの命令であれば仕方がない。だけれど、なぜ歴史修正主義者たちは、歴史を変えようと思うほどの念が集結していそうなお城ではなく、光善寺を選んだのか。それが疑問だった。

「松前城にいた殿様は元々争いを好まないお方だったんだ。戦死する者も少なかったし、直ぐに白旗挙げて降参してるから、その状況に満足しているんだと思うよ」

 それを説明したのは土方歳三の脇差である堀川国広だった。新選組の刀の一人であり、函館と松前が近い事もあってか、その歴史には詳しかったようだ。

 光善寺で何があったのか、知る由もないが過去は変えられないし、変えてはいけない。敵に先を越される前に足早に目的地へと向かった。

 丘の下から見ると満開の桜に彩られた美しい景色が広がっていたのに対し、目的地に着くなりその美しさは魅力を失っていた。敵が近くに居るからだろうか。妙に辺りは暗く、緊張が走る。刀剣男子たちは刀に手を掛け、何時でも抜けるよう、臨戦態勢に入った。

静まり返った丘の上。風が吹き、桜が揺れる音と共に花弁が散って視界の邪魔になる。目先に見えるのは暗い景色のみ。昼間だというのに人気が無く、怪しさが漂っていた。散った桜の花びらを踏みながら、桜の木に覆われて身を隠す事が出来ない一本道を慎重に歩く。何者かの気配を確かに感じるにも関わらず、一向にその気配は表へと現れなかった。

通路には幾度か別れ道が点在する。果たして、目的の場に正確に向かっているのかは分からぬが、道中には人が存在しない小さく廃れたお城があった。遠く離れた丘の下から見るお城と違い、近くで見るそれはどこか哀しげに存在していた。

「うわ~、小さいお城だね~」

新撰組の刀である加州清光は目の上に手を掲げて、ひっそりと佇むお城を眺める。不意に何か違和感を覚えたのか、首を傾げた加州と同じ仲間の堀川国広。その隣にいた和泉守兼定と今回の部隊長を務める長曽祢虎徹に視線を移した。

「そうだよ。このお城は僕らの主とその仲間、江戸幕府が落城させたんだ。城の名を福山城。今は松前城って呼ばれてるみたいだけどね」

「ど~りで、何か知ってる気がすると思ったよ」

 加州は曖昧な記憶を辿って過去に触れた話を思い出し、納得したように頷いた。その場に居た長曽祢も同じく。けれども、長曽祢の弟刀である蜂須賀と浦島は話についていけずにいた。それもそうだ。虎徹の中でも二人は真作。作られた場所、育ち、年代。全てが違う。近藤勇の刀である長曽祢虎徹は贋作でありながらも、真作である彼等より名が知れ渡っている。北に行く事も東へ行く事も多かった。だが、二人は全く違う。箱入りのようなものだ。仕方あるまい。

「安定も連れて来れたらよかったな」

「え~、必要ないよ」

和泉守がぽつり呟くと、加州は首を横に振って全力否定する。周囲に居る者たちは思わず苦笑を溢した。気付けば緊張が解れ、いつ敵が来るのかも分からないというのに、臨戦態勢は解かれていた。それくらい何もないのだ。そう、何も。

「おかしいね、兄ちゃん」

「そうだね、浦島。何かがおかしい」

新撰組メンバーの刀たちの話を無視して、二人の兄弟だけは周囲を気にして歩いた。これも敵の作戦なのか。彼らの話を聞いていた蜂須賀は心の中で呟いた。

あっさりと戦を降参した松前城の主。だから未練が無い?もし戦っていたら勝てたかもしれない。その未練が歴史を修正したいという思いに繋がったりはしないのだろうか。主が負けを認めても、刀はそうでなかったかもしれない。今回の目的地は城ではなく、この先にある光善寺。そこに行けば何かわかるのだろう。

頭の中でぐるぐると渦を巻く違和感。江戸幕府、旧幕府軍の一人であり、元新撰組の土方歳三の刀がここに二振りも揃っている。緊張を解くことで不意を突く作戦ではないのか。戦いは既に始まっているのではないのか。これは歴史を修正しようとしながら、復讐を果たそうとしているのではないのか。表情は更に険しくなった。

そうして敵と遭遇しないまま、一つのお寺にやってきた。桜の道を歩いて辿り着いた寺の前にはこれまた大きな桜の木。ただ一つ違うのは、先程までの普通の桜と違い歪な形をしている。その場に居た皆が首を傾げたが、その木に再会した堀川と和泉守だけは切なげな表情をして見つめていた。

この周辺に敵がいると聞いたが、あるのは美しくも歪な一つの木、のみ。敵の気配は確かにするのに、やはり誰もいない状況を皆が疑問に思い始めた。

「流石におかしいな」

「もっと早く気付け、馬鹿者」

「兄ちゃんたち、落ち着いてよ」

長曽祢の一言に蜂須賀が反論し、浦島が二人を止めに入る。こんな所でまで口喧嘩をさせる訳にはいかないと、二人の兄の背をぽんぽんと軽く撫でた。それで落ち着いてくれればよいのだが。

「確か、光善寺から敵の気配があるって、主も言ってたよな?」

「光善寺なら直ぐ目の前だね」

この状況に皆が首を傾げる。

敵など一人もいないのに、気配だけはする不可解な状況。何がどうなっているのか。

「一度引き返そう。そしたら何か分かるかもしれない」

 長曽祢が来た道を戻ろうと皆に告げ、寺の門を出た瞬間に突如、槍や石が飛んできた。

「長曽祢兄ちゃん危ない!!」

 先頭を歩いていたが故に一斉に集中して飛んできた飛び道具に浦島は咄嗟に長曽祢の前に回り、その大きな胸を押して回避しようとする。だが一歩遅く、二人に弓矢や石が当たってしまった。

「……クッ!」

「…っ」

 幸いにも刀装を身に着けていたおかげか、重傷には至らず、掠り傷程度で済んだ。寺の山門を出た瞬間からこの攻撃である。桜の木に隠れていた敵が一斉に目の前にやって来たので堀川も抜刀するなり、敵に斬り掛かりに入った。敵の攻撃を除けた際に転んでしまった二人も体勢を立て直す。

「大丈夫だったか、浦島!?」

「俺は平気。長曽祢兄ちゃんも、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ。よし、おれたちも加勢するぞ」

 浦島は頷いて敵に視線を移し、小さな刀を鞘から抜き、敵へと駆けていった。長曽祢も敵に集中するなり、贋作と呼ばれながらも実践刀として多くの人々を斬った己自身で、敵を狩りに掛かった。

「遅いよ!」

 敵の攻撃に対して堀川はあっさりと避け、挑発するような言葉を投げて刀を振るった。脇腹を斬り付けると刃が敵の肉を裂いて血が滴る。急所ではない為、まだ辛うじて息の根はあった。とどめを刺そうとし、次は首を狙って薙ぐと敵の仲間が刀を受け止めた。横に払った刀は盾代わりに使われた刀で弾かれ、ぎりぎりと鉄が擦れる音が響き渡る。どんなに力を入れても力加減では負けていると判断した堀川は、刀を離し体勢を整えようと一歩後退した。その際の少しの隙を狙って刀を振るわれる。避けきれない敵の動き、右肩を強く切られ鮮血が舞った。

「冷静でいなきゃ……!」

 必死に怒りを押し込み、斬られた右肩に触れる手にはべっとりと血が付き、それを見るだけで痛みが増した気がした。でも、戦わなければ。力があまり入らなくなった右手で刀を構え直す。切っ先を敵に向け、地を蹴って飛び込もうとした。しかし…

「何やってるんだ!一旦引け!!」

「…っ!?か、兼さん!!」

 彼の目の前に飛び込んだのは仲間の和泉守だった。堀川の痛む右肩を掴んで後ろに退け、敵の攻撃を刀で受け止め、足を使って相手の脛を蹴り付ける。その痛みによって敵が怯んだのを確認すれば首目掛けて薙ぎ払うも後ろに避けられ、刀は空を切って終わった。

 堀川は状況が呑み込めずに瞬きを繰り返す。同じ土方歳三の愛刀である打刀の彼が目の前で戦っているのだ。己を庇って。

「怪我は大丈夫?」

 隣から声を掛けられて顔を上げると、目の前には同じ仲間の加州の姿があった。

「あちゃ~、随分深く切られてるね。痛いでしょ?」

「だ、大丈夫!それよりも、兼さんを助けないと!」

 加州は止血する為、髪留めを解こうとする。咄嗟に堀川はそれを止めた。流石に、そこまでさせる訳にはいかないと断る。目の前で戦っている彼を助けなければ。力の入らない手で応援に走る。その様子に加州は溜息を吐いた。

「何、無理しちゃってんのさ」

 横から気配を感じて加州も刀を構え直し、双眸を細めて集中する。刀が空を切る音が鼓膜に響いた瞬間が狩り時である。腹部目掛けて一刺し。血が刀を伝ってぽたりと落ちる。切れ味は最高。そのまま腹を裂いて刀を抜くと体はばたりと落ちた。

「それにしても、やっぱりおかしいね。二人、集中的に狙われてんじゃん」

 あまり苦労せずに戦える加州は暫く二人を眺めた。その横で長曽祢が頷く。

「そうだな。やはり、旧幕府軍の刀だから、かもしれないな」

「うわっ!?びっくりした~…」

 突然声がしたので驚いて胸元を押さえ深呼吸をする。いくら部隊長でも、存在を消して隣にいるなんて誰であろうと驚くだろう。

「それなら、尚更やばくない?助けに行きましょうよ」

 様子見を止め、二人の助っ人に行こうとした時、隊長に肩を掴まれ足を止められた。その行動の意図がよくわからず首を傾げて隣を振り返る。すると、後ろから声が聞こえた。

「待って、加州さん。俺たちが戦わなきゃいけない相手はあいつらじゃなく、やっぱり寺に居るんだ。少しだけ話し合おう」

「話し合ってる場合!?仲間がやられそうなんだよ!?」

 堀川と同じ脇差であり、虎徹の真作である浦島が加州の言葉に一旦怯むが首を左右に振る。彼も加州と同じ思いだ。だけど、ここはきっちり話し合わなければならない。

「あるじさんが言ってた光善寺に親玉が居るんだ。今ここにいるのは松前城を落城した土方歳三に恨みを持つ敵の刀たちだけ。だからここで足止めしなければ、多分いつまで経っても戦は終わらないよ」

「敵が次から次へと押し寄せてる。ここで全てを倒すまで戦い続けたら確実にこっちが殺られる。それなら、先に親玉を倒すしかないと考えたんだ」

 浦島の次にその兄である真作の蜂須賀が答える。加州は表情を歪めて俯く。二手に分かれるという事は、三人ずつという事。しかも敵は確実に堀川と和泉守を狙っている。下手をしたら二人が折れる可能性が高い。だからといって、三人で親玉を討つのも至難の業。どっちにしても、この戦いは切迫な状況となっていた。

「わかった。それなら俺が二人の支援に行くよ。そっちは絶対親玉を討って来てよね。俺たちが折れる前に」

「わかった。それまで耐えていてくれよ」

 加州は長曽祢に視線を向け、決意を固めて告げるなり刀を構えて目の前で戦う堀川と和泉守の支援に回った。

長曽祢は隊長としての責任を感じ、今回の状況に悲痛な表情を浮かべるが、それが最善策と考え、二人の弟たちに視線を移すと刀を抜いた。

「おれたちも行こう」

「わかってるよ」

「頑張らないとな!」

 三人の虎徹が歪で美しい桜が咲く寺の前まで戻る事にした。

 親玉はおそらく寺の中。先程まで強くは感じなかった敵の気配が一変して強くなっており、彼らは慎重に中へと入る。狭い室内による戦い。ここで有利なのは短刀であるが、生憎と今回は短刀がいない。それならば、この戦において有利に動けるのは脇差である浦島だろう。可愛い弟を前線に出すのは忍びないが、長曽祢は浦島に指示を出した。

「浦島、頼めるか?」

「はいよっ!俺にまっかせろ~!」

 緊張感が足りない喋り方に二人の兄は苦笑を浮かべる。それでも浦島の目は真剣で、敵が目の前に居る事が分かると足を止めた。

「うっわー、なんか、近寄るだけで寒気するな~」

「敵は斬る。それだけだ」

「そうだけどさ~」

 身震いをして二人の兄に視線を移せば蜂須賀が刀を構え直して鋭い口調で呟いた。浦島は再び廊下の先、一つの広間から見えた敵の動きに三人ならばどう動けばいいかを考える。

「ん~……、なんか良い抜け道とかないかな~?」

 一つしか扉は無く、幸いにも敵は此方には気付いていない。正面突破しても良いが、確実に不利だと考えた。暫く敵の様子を観察した後、浦島は二人の兄に作戦を伝える。

「誰か一人が正面突破して、気を引くんだ。その間に俺と誰か一人が挟み撃ちで攻撃する。多分この方が良いと思う。俺は正面からの攻撃には向いてないからさ」

「ならば、おれが正面から突撃しよう。お前たちは挟み撃ちで攻撃してくれ」

 長曽祢の言葉に二人は頷き、作戦を決行するべく長曽祢を前へとやる。失敗すれば命取りだ。全員が折れて帰る事に成り兼ねない。深呼吸して体勢を整える。周囲のピリピリした空気を感じて更に緊張が走った。

 刀を強く握り、それを合図に一つの襖を全開にして正面から突撃した。

 襖を開け放つ音と急な人の気配、そしてばたばたと駆ける音が響いて敵は振り向く。どう見ても捨て身の攻撃だ。そう思わせる事で敵の気を逸らせるならと刀を振るう。一人の敵が刀を盾にして受け止め、もう一人の刀は両側から突きに掛かった。長曽祢は咄嗟に屈み、攻撃をかわすが敵も馬鹿ではない。刀を盾として受け止めた相手がそれを振り下ろし、両側から攻撃を仕掛けた二人も長曽祢に向かって刀を振り下ろした。三つの刀を同時に受け止めギリギリと鉄が擦れる音が鳴り響く。

 敵は六人。確実に不利な状況。もう三人が挟み撃ちにして攻撃しようと己の背後に回っているのが分かり、長曽祢の顔に冷や汗が流れる。

「……ック!!!」

 敵に圧され、力負けで切り付けられそうになる。背後に回ってきた敵が己を狙えば最期。それまでに弟たちが間に合ってくれれば。そう願った。敵が後ろから刀を振るう音が響き、長曽祢は覚悟を決めた。

「どぅりゃあ!」

「そこ!」

 間一髪で間に合った浦島と蜂須賀の二人は両側にいる敵の項目掛けて斬りつけた。血飛沫が上がって返り血で衣服が濡れる。だが、それを気にしている余裕はない。

 両側の敵が倒れた事で軽くなった刀で此方からも圧し切り、前の敵を退けて後ろの敵の攻撃を横に避けた。

「二人とも、すまない」

「良いって事よ!」

「油断は禁物だぞ、贋作」

 残りの敵は四体。長曽祢は先程相対した目の前の敵に向かって駆けた。敵もそれに気付いて刃を交える。再び重なり合う刃は鉄の擦れる音を鳴らして力比べとなる。どちらも引く事はなく、じりじりと前へ進んだり後ろに進んだり、力が同格だという事がわかった。どう出るか思案する。力を弱め、敵がバランスを崩したのを狙って斬り付けるか。それとも、足を使って体勢を崩すか。おそらく敵も同じことを考えている事だろう。下手に出る事は出来ない。汗が頬を伝って落ちる。刀を握る手には手汗が混ざり、緊迫した状態が続いた。

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