誕生日の誓い
その日、緑谷は大慌てで家を出た。普段はのんびりと〝彼〟よりも早く学校に着かぬように登校しているが、今日だけは違った。早く登校しなければならない理由があった。
学校へ到着した緑谷はクラスメイトの誰よりも早く、一番乗りで教室へと向かう。まだ誰も登校していない時間帯、教室へ入った彼は幼馴染の机の前で屈み、大きめの黄色いリュックからラッピングされたプレゼントを取り出すと、机の中へそっと入れる。後は彼が来るまで、トイレに隠れて待機するだけ。
続々とクラスメイトが登校し、爆豪も自分の席に着くなり机の中へと片手を突っ込む。そして、プレゼントを取り出しては盛大な溜息を吐いた。
毎年のことで分かりきっていた。眉間に深い皺を寄せた爆豪は手に持っているプレゼントを爆破し、堂々とゴミ箱へと投げ捨てる。
「おい、いいのか、それ?」
「いいんだよ、っんなもん」
その現場を目にした緑谷は爆豪と目が合うも、爆豪は視線を逸らし同級生らと話し始める。それでも緑谷はめげなかった。捨てられるのもわかりきっている。
そう、毎年の事だから。
毎年、四月二十日に行われる恒例行事みたいなもの。
人目を避けて、移動時間中に捨てられたプレゼントをゴミ箱から取り出した緑谷は誰にも見つからぬ様、次は爆豪の下駄箱の中へと、プレゼントを置いた。
こんな必死になって馬鹿みたいだと思う。仲の良い友達がいるなら、止められるのだろう。しかし、緑谷は諦めない。その後の結果を知っており、諦めなければ彼は必ず受け取ってくれるから。
それが嬉しかった。自己満足でしかないのかもしれないが、受け取ってくれるだけで嬉しかった。彼を祝える。祝う事に意味があると、そう思っていたから。
「勝己、誕生日おめでとう!」
「爆豪、おめでとう!」
「おめでとう、爆豪くん!」
クラスメイトから誕生日を祝われても鬱陶しそうに無視を続ける爆豪。今年も煩くてしつこい年がやってきたと、溜息を吐く。
「くっそ、うぜぇ……」
本日、何度目かの溜息を吐いた爆豪は一日が終わるのを待った。
放課後、下駄箱を開けた彼は中からボロボロのプレゼントが置かれている事に肩を落とす。玄関にはゴミ箱が無い為、投げ捨てる事もできない。仕方なくプレゼントを鞄に入れると外靴に履き替え、学校を出る。
「かっちゃん」
「……ンア?」
後ろから聞き慣れた声が聞こえ振り返ると、びくびくと震えながら立っている幼馴染の姿があった。毎年、同じパターンでプレゼントを仕込む彼。きつく睨んだ爆豪は緑谷に近付き、その胸倉を掴んで引き寄せる。
「うわっ」
「テメェ、毎年毎年、よく飽きねぇな。 そんなに俺の誕生日を祝いたいんか」
「う、うん。 だって、かっちゃんの誕生日だし」
「だってもこってもねぇんだよ! そんなに祝いてぇなら何もすんな、話し掛けてくんな。 わかったか?」
「え、で、でも……」
「アァ!?」
「ご、ごめん……」
毎年、同じやり取りをしている気がする。
放課後、誰もいないところを見計らって幼馴染は震えながら祝いの言葉を伝えに来る。その度に話し掛けるなと爆豪は返す。一年に一回の恒例行事みたいなもの。
あまりの鬱陶しさにこれ以上、話すのも面倒になった爆豪は手を離して背を向ける。
「かっちゃん、あの」
「んだよ、まだなんかあんのか」
「うん。 君にとって、良い一年でありますように」
「……」
まるで願い事。そんなことを思いながら下校した爆豪は家に帰る気分にもなれず、幼い頃、よく遊んだ公園へ足を運んだ。ベンチに座り、ぼんやりと空を眺める。
家に居ても、両親がおめでとうと祝い、安息の場所など何処にも無い。誕生日ぐらい、ゆっくりさせてほしいと空を仰いだ。
そうして、いつの間にか眠っていたらしい。目を覚ますと空は橙色に染まっていた。
「そろそろ帰るか」
一人ぼそりと呟いて、ふとプレゼントが何か気になった爆豪は鞄からボロボロの箱を取り出す。ラッピングが剥げてはいるが初めから爆破対策をされており、銀色の缶が見える。これも毎年変わらない使用で思わず笑いを溢した。
「クソデクらしいな」
ボロボロのラッピングを外しながら公園を出た爆豪は近場から異質な音を聞き取り、足を止める。周囲を見渡すと、信号無視をして道路を走る車が迫っていた。
「なんだありゃ!?」
運転手がどうなっているかわからないが、凄まじい速さで道路を走っており、今にも近付いてきそうな勢いだった。個性で止められるものでもないとわかり、公園側へ後戻りしようとしたところで、ふと視界の隅に幼馴染を捉えた。
「おい、デク!」
だが、道路を挟んだ向かい側。何かに悩み、ぶつぶつと独り言を呟いている。爆豪の声すら聞こえない彼は完全に自分の世界に入り込み、車の音すら聞こえていない様子だった。
「ちっ、クソが!」
一つ目の信号で飛び出した車が二つ目の信号でも止まる筈がない。公園側に向かい、横断歩道を渡る緑谷を見て、爆豪は道路に飛び出した。
「えっ!?」
「ぐっ!!」
気付くと二人は道路に倒れていた。仰向けに倒れ込んだ緑谷は何が起きたか分からず何度も瞬きを繰り返す。近くでは衝突音が聞こえ、人々の騒ぎ声が酷く煩く感じた。
「おい、デク、大丈夫か?」
「え、あ、か、かっちゃん!?」
体に重みを感じて直ぐに伸し掛かる相手に視線を向けると恐ろしい形相で睨まれ、思わず口を噤んでしまう。
「無事なら、いい」
「あ、かっ、かっちゃんは!?」
「俺は大丈夫だ」
状況を掴めない緑谷は暫く辺りの騒ぎに視線を向けて理解しようとする。しかし、起き上がったところで緑谷が最初に見たのは道路の真ん中で潰れたプレゼントだった。
「あ……」
「ア!?」
幼馴染の為に用意したプレゼント。缶の蓋が取れて限定のオールマイトグッズと手作りの激辛唐揚げが無残な状態になっていた。それを見て落胆した緑谷は俯いてしまうが、助けてもらった礼はしなければと直ぐに顔を上げて目を合わせる。
「あ、ありがとう、かっちゃん」
「……なんて顔してんだ、テメェ」
「え?」
頬に涙が伝い、言われて初めて、涙を流している事に気付いた。彼の為に用意したプレゼントが自分の所為で駄目になってしまう。その悲しさから泣いてしまっていたようだ。情けないと手の甲で涙を拭うが、ぽろぽろと溢れて止まらない。
「……ごめん、かっちゃん、僕のせいで」
「……はぁ」
深く息を吸って、溜息を吐いた爆豪は呆れ混じりに緑谷の頭を抑え、強く乱雑に頭を撫でる。それに驚いた緑谷は顔を上げると、二人の距離はとても近く、思わず溢れる涙も止まってしまった。
「テメェが無事ってことが、俺にとっての最高の誕生日プレゼントだ」
「え……?」
「二度は言わねぇ、黙って死ね!」
「え、ちょっと、それ、どういう意味!?」
「二度も言わねぇって言ってんだろうが!!」
「ま、待ってよ!」
公園側に落とした鞄を拾った爆豪は緑谷を置いて自宅へ帰ろうとする。緑谷も爆豪を追って、言葉の説明を求めるが、顔面を爆破されてしまい話すのを止めた緑谷は諦めて家へと帰った。
爆豪は幼馴染の後ろ姿を見て、安堵の表情を浮かべる。
「デク……」
どんなに鬱陶しくて、邪魔な存在だとしても、無個性で力の持たない彼を守ってあげられるのは自分だけだと拳を強く握り締めた。
「あいつは絶対俺が守る」
誕生日に自分自身に強く誓うのだった。