二人の約束
俺達は約束した。あの暗い、暗い、地下の奥で。
「約束だ、必ず迎えに行くから」
小指を絡めて約束を交わした。
「必ずだよ。俺、待ってる。ずっと待ってるから」
この小指を離したら、次はいつ会えるのだろうか。
それでも二人は約束を交わした。
「必ず」
紅い髪の少年は小指を離し、彼の背中を見送る。
太陽のような橙色の髪が揺れる。最後に一度、後ろを振り返ってみると、紅い髪の少年は別れ寂しさに泣きそうな顔をしていたが、心配は掛けまいと作り笑顔を浮かべて、親指を立てる姿が視界に入る。
―――必ず、俺が助けてみせる
可愛い兄弟を一人地下の奥に置いて行かなければいけないのは心苦しい。
橙色の髪の少年は唇を噛み締めて、その場を後にした。
「後藤!次の大阪城の日、決まったぜ!」
「本当か!?」
それは厩で馬にブラシを掛けている時のことだった。突然、兄弟の一人が大慌てでやって来たものだから、何事かと驚いた。馬は中途半端なブラッシングに満足出来ずにブラシを持つ手を鼻で叩くようにして訴える。それでも彼は、馬に構っている暇などなかった。
「俺を、俺を隊員にさせてくれ!」
再び訪れた、霧が掛かった大阪城。カラスの鳴き声が不気味に響き、地下への入口から仄かな光が漏れていた。
口内に溜まった生唾を飲み込むと、ごくり喉から音が鳴る。刀を握る手にはびっしょりと手汗で濡れていた。
「大丈夫だよ、絶対に助けるからね」
兄の優しい声が鼓膜に響き、顔を上げる。爽やかな笑顔が己を見つめていたので、なんだか恥ずかしい気持ちになって視線を逸らす。すると、頭に大きな手が乗っかったかと思うと、緩く撫でられた。
「大丈夫、大丈夫……」
あぁ、この兄はどこまでも優しく、兄弟みんなの、自慢の兄なのだ。こんな優しい兄に、自分もなれているだろうか。
「もう大丈夫だぜ、ありがとな」
「あ、今日は後藤が弟さんですか?」
「も、ものよし!?」
突如、兄弟とのやりとりに光輝くような笑顔で近付いてくる相手の声にギクリと肩が跳ねた。現れた相手の名を呼んでみるが、声が裏返ってしまう。なんとも恥ずかしいところを見られてしまったと片手で顔を覆い隠してみるが、幸運くんはからかうのだ。それがまた恥ずかしい。もう止めてくれ。
「でも、偶には良いんじゃないですか?後藤はいつも頑張り過ぎるから」
「弟をいつも見ていてくれてありがとう、物吉殿」
「いえいえ、安心しました。ちゃんと弟としての彼を見ることが出来たので」
暗い地下に入ったところで、爽やかな二人は羞恥で顔を隠した弟の話を始める。当の本人が目の前にいるというのに、止めてくれ。頭の中で呟きながら、そっと、その場を離れて、今回の部隊員である岩融の傍に近付いた。
「おっ!どうした後藤よ。緊張して足が震えたか?」
「いや、緊張は、多分、してねーけど……」
ちらり、兄と幸運くんに視線を向けて、直ぐに目の前の大男に視線戻すと溜息を吐く。
「みな、お主のことを心配しているのだ。兄弟としても、仲間としても、親しい友としても。そして、初の部隊長という事も含めてな」
「わかってる。部隊長として、必ず信濃を取り戻すんだ」
―――必ず、迎えに行くという約束を果たすんだ
外はあんなに薄暗いというのに、中は地下を照らす光で明るく、周囲が良く見えた。敵の動きもわかりやすく、動きやすい。これなら、直ぐにでも弟のを助けられそうだ、と自信が着いた。
後ろで話に花を咲かせた兄と幸運くんを呼び、仲間たちとこれからの動きを話し合った後、地下を下ることとなった。
のは、良いのだが……
「ま、まだなのか?」
「今日はこの変にしときましょう」
後藤にとって、地下を下るのは初めてのこと。仲間達はどのような状態なのかを知っている為、飽きる覚悟で来ているのだが、何も知らない彼にとっては逃げ出したい状況であり、あの時助けられたことを思い出すと、心から感謝の気持ちを伝えたくなった。
物吉の声が聞こえて、振り返る。他の仲間達はまだ余裕がありそうだが、どうやら物吉もこの状況が初めてのようで、飽きている様子だった。殆ど岩融が前線で戦ってくれるため、こちらは付いて歩く状態なのだが、疲労は溜まる。
「決めるのは、後藤だよ」
兄の優しい言葉が聞こえて振り返る。この兄は弟が地下にいることを心配して、後藤同様に主に頼んで着いてきのだ。ここで諦めるような刀ではない。岩融もその覚悟で編成されているのを知っているのか、異論はないという。他の仲間も同様だ。疲れているのは自分と物吉だけだった。
「物吉、悪いな。約束をしたんだ」
「約束?」
「必ず、助けると。地下で待ってるあいつと」
「そっか。それなら、早く行かないとね」
物吉はそれ以上何も言わずに、部隊長である後藤に従うことを決めた。
約束をしたのだ。早く助けたい。一夜漬けで彼らは地下へと向かった。
暗い暗い、地下室の中で彼は待った。ジメジメと湿気を帯びた狭い牢の中でひたすら待った。
「早く、来ないかな……」
膝を抱えて、ただ、何もせずに助けを待つ。約束を交わした彼が来るのを。
「信濃!」
懐かしい彼の声が聞こえた。待ち過ぎるあまり、とうとう幻聴まで聞こえるようになったのか。重症だな、と自分のことを嘲笑う。
「信濃ー!!」
だんだん、懐かしい声が大きく聞こえ始めて、懐かしさのあまり、涙が頬を伝った。あぁ、会いたい。出来ることなら、今すぐにだって会いたい。寂しい、寂しいよ。
「信濃、無事か!?」
「えっ?」
突如、牢の扉が開く音と共に懐かしい彼の声が頭上から聞こえて顔を上げる。そこにいたのは、待ち望んでいた懐かしい姿。
「後藤…!」
「待たせてごめんな、信濃。ちゃんと助けに来たぜ」
「待たせ過ぎだろ、ばか!」
懐かしい彼の姿にしがみつくように抱き締めた。温もりを感じて、本当に来てくれたんだと実感が持てた。
「ごめんな」
しがみつく彼の額へと口付ける。すると、信濃は笑って首を左右に振った。
「ううん、ありがとう、来てくれて。約束、守ってくれて」
唇へちゅ、と口付けを返した。きっと、ここからなら、後ろに待つ仲間からはやりとりが見えないであろう。後藤からも信濃の唇へと口付けを返した。
「待たせてごめんの、ちゅーだからな」
「へへ、本当にありがとう、後藤」
再び二人は強く抱き合った。もう離れないように。もう、離さないように、強く、強く。